免疫力の評価判定
あなたの血圧はどのくらいですか、と聞かれたら、はとんどの人は答えられる。
また、あなたの肝機能は大丈夫ですかと聞かれて、そのときはわからなくても、病院で調べれば知ることができる。
しかしあなたの免疫機能は大丈夫ですかと聞かれたとき、答えられる人は極めて少ない。
病院に行って、免疫機能を調べてくれといっても、何を調べるのですか、と逆に質問されることになる。
免疫系といっても、それは多種多様の組阯細胞からなり、機能もさまざまである。
免疫機能を調べるといっても、測る機能によって、そのレベルはいろいろである。
総合的に免疫機能を評価判定する方法がまだ定まっていないのが現状である。
病理という現場で多くの剖検例を経験しているし実際は免疫系の総合的能力(以後免疫力と呼ぶ)の低い患者がそれとは気づかずに、感染症で亡くなる例が少なくない。
もし、免疫力があらかじめわかっていれば、感染症を防けたであろうと思われる例が少なくないのである。
普通に免疫といえば、白血球が持つ感染に対抗する機能であり、それは、白血球のなかの好中球(顆粒球)が担当する自然免疫と、リンパ球が担当する獲得免疫からなる。
好中球は食べて消化するという原始的かつ確実な方法で病原徴小生物を退治することにより、感染に対抗する。
この自然免疫機能は誕生時から機能しはじめ、ほぼ一生保持されている。
一方、リンパ球は病原徴小生物を退治する特異抗体を産生しあるいは、ウイルスに感染した細胞を特殊な物質で殺傷するという、より高度で効率的な方法により感染に対抗する。
この獲得免疫は誕生直後には機能しないが、いろいろな病原微小生物に曝露されることにより、生後急速に獲得される機能である。
しかしこの獲得免疫の間題点は、機能が思春期にピークに達したあと、加齢とともに徐々に機能低下することにある。
言い換えると、自然免疫のほうは担当細胞である好中球が常に骨髄から供給されるので、機能低下することは少ない。
しかし、獲得免疫のほうは、リンパ球のなかのTリンパ球の補充が思春期をすぎると急減し、機能低下が加齢とともに進み、ピーク時に比べて、40歳代で半分、70歳代で10パーセントに低下する人もいる。
加齢ばかりでなく、ストレス、病気、病気に対する治療など、いろいろな原因で、リンパ球の担当する獲得免疫の機能低下が起こる。
したがって、われわれが測定して知っていたほうがよいのは、機能低下しやすいリンパ球の機能なのである。
リンパ球は、円形の核とその周りの薄い細胞質からなる、きわめて単純な形態をした細胞である。
そのノッペラボウの形からは、実際に行っている複雑な機能は想像できない。
実際に、今から40年以上前になる私の学生時代には、リンバ球は細胞が死ぬ寸前の終末期細胞と考えられていた。
しかし、当時驚いたのは、そのリンパ球が特殊な条件下で培養すると分裂増殖することであった。
分裂増殖と同時に、核も細胞質も大きくなるので、幼若化と呼んだ。
リンパ球をある条件下で培養して、何バーセントくらい幼若化するかを見て、そのパーセントで免疫力のレベルを判定した時代があった。
リンパ球の幼若化率である。
しかし、まもなく、リンパ球にも胸腺由来のTリンパ球と骨髄由米のBリンバ球とに大きく分かれることがわかった。
Tリンパ球はウイルスなどに感染した細胞を除去するキラー細胞として働くだけでなく、免疫系全体を統御する司令塔のような働きをする。
一方、B細胞は感染源となる徴小生物を処理する抗体を産生するのが主な仕事である。
その後、技術的進歩により、細胞貘の表面にある小さいタンパク質を識別できる単クローン抗体が容易につくられるようになった。
たくさんの単クローン抗体がつくられ、リンハ球がいろいろな亜集団として識別できるようになった。
つまり、普段はノッペラボウのリンパ球は、実は多様な働きをする変幻自在の千両役者であり、見る角度により、機能が異なるのである。
言い換えると、免疫機能レベルの高低を測定する場合、組織、細胞、機能により異なってくるのである。
リンパ球のどの指標を測定し、その人の免疫力とするかは、判断が難しい。
それならば、関与してくるリンバ球の主な指標を複数選び、その一つ一つに点数(スコア)を与え、その合計で評価しようということになった。
それが、免疫力のスコアリング(SIV)である。
たとえは、健常人では血液中のT細胞数は1㎕あたり1,200個くらいある。
つまり、1,200/㎕以上あれは3点、それより少なく700から1,200であれば2点、700以下では1点という評価をする。
そのようにして、全部で10項目について測定し総計30点満点のうち、何点取れるかにより、免疫力のレベルを測定することにした。
多数の健常人について測定してみると、SIV値はかなりの個人差がある。
しかし、平均値で見ると、緩やかに年齢とともに低下することがわかった。
そこで、癌患者の血液について、測定してみるとSIV値は健常人に比べて明らかに低いことがわかった。
免疫カスコア(SIV値)は個人差が大きい。
それにもかかわらす、健常者と癌患者の間で差が見られることは、癌の発生、進展の背景に免疫系の機能が深く関与していることがうかがわれる。
健常者でも、男女間ではSIV値の加齢に伴う傾きが明らかに異なり、男性のほうが、加齢とともに、早く低下することがわかった。
今回測定した10項目の免疫指標のいずれを見ても、加齢変化が大なり小なり見られたが、男性の傾きのほうが女性より急なのである。
免疫系は感染に対する生体防御系として重要な働きをしているが、癌の発生・進展とも関係があることは、すでに述べた。
その免疫力の加齢変化が男性のほうが急であることは、寿命の男女差(男性:約78歳、女性:約85歳)の背景として重要な意味を持ってくる。
項目ごとの加齢変化を見ると、年齢と相関関係が強いものがある。
それはT細胞の数と増殖能力から計算したT細胞増殖係数である。
この係数を使うと、リンパ球の年齢がある程度推測できる。
実年齢とぴったり合う人もいれば、超える場合、若い場合など、さまざまである。
癌ばかりでなく、糖尿病や感染症の場合には、実年齢より高くなる。
免疫力を測定して、低いときにどうするかが問題である。
今、巷に出ている多数のサプリメントは免疫力を上げることを宣伝している。
しかし、サプリメントは食品に属し、薬品ではないので、実際のデータがなくても売ることはできる。
サプリメントの広告を正確に読んでみると、免疫力を上げるとは、はっきり書いていない。
抗酸化物質というのがたくさんある。
ビタミンCやE、そして、いろいろな食品に含まれている。
老化現象はいろいろな活性酸素による傷害の結果であるというのが、現代の考え方である。
その活性酸素に対抗する物質である抗酸化物質を食物からとれば、老化を防ぐことができると考えて、いろいろな抗酸化物質を含んだものが、老化を防ぐサプリメントとして売られている。
しかし、しつかりとしたエビデンスを持ったものはまったくない。
免疫力が癌患者で低下していることは、すでに述べた。
多くの患者は手術を受けるが、外科手術は大きなストレスであり、術後の免疫力は大きく低下する。
手術で完治できないときは、化学療法、放射線療法が始まるが、いずれも免疫力を低下させる。
日本では統計上、癌で亡くなる人が年間30万人を超える。
しかし、病理学的なデータから推測すると、30万人のうち20バーセントは感染症で亡くなっている。
繰り返すことになるが、癌の発生や進展の背景には免疫力低下があり、そこにさらに免疫力を低下させる治療を行えば、免疫不全状態が進み、感染に罹りやすい状態になるのは当然の結果である。
つまり、癌患者にとって、免疫力の測定は必須のことであるが、癌治療を行っているとき、免疫力をモニターすることが少ないのが現状である。
厚生省の統計によれば、日本人の三大疾病は、癌、脳血管障害、心疾患である。
どの病気も日頃の生活習慣によって、発症、進行は左右される。
生活習慣となれは、健康管理はいやおうなく、自分で行わざるをえなくなる。
医療機関で行う治療も、医師はいくつかの選択肢を提示するだけで、決定は患者がする時代である。
実際に、治療の説明不足で医師が訴えられることもあると聞く。
血圧、血糖値、肝機能、腎機能、コレステロール値など、昔は医師任せであったことも、今では自分で把握し、コントロールする時代になった。
そのなかにもう一つ免疫力という新しい情報が健康維持に必要であろうと考えている。
病気になって苦しむのは個々の人である。
自分で健康管理し、医師は専門相談員くらいに考える時代なのである。